ページ内を移動するためのリンクです。

アスリートからの伝言

これからを輝かせるために、
今をどう生きるか。

アイスホッケー日本代表
キャプテンが語る
これまでの軌跡とこれからの挑戦。

アイスホッケー選手田中 豪

アイスホッケー・アジアリーグの東北フリーブレイズに所属する田中豪選手。現在、チームのキャプテンであり、日本代表でもキャプテンも務めるトップアスリートである。父親と叔父がアイスホッケー選手だったこともあり、幼い頃からアイスホッケーは身近な存在で、リンクへ通えば通うほど憧れのスポーツとなっていたと言う。今回は田中選手に、学生時代から社会人チームでの経験、海外チーム移籍の経緯、さらに東北地方初のトップリーグチームでの活躍の日々など、アイスホッケーの魅力はもちろん、冬季オリンピックを含めた今後の目標について語ってもらった。

挫折の力をプラスに考える

今や日本代表キャプテンを務める田中豪選手。しかし、これまでの選手人生は順風満帆とは言えない様々な出来事があったという。「高校1年生の時、U-18に選出されたのが最初の日本代表でした。"JAPAN"と入ったユニフォームをもらった時の感動は今でも忘れられません。昔から日本代表になれたらいいなとは思っていましたが、いざ選ばれると、その責任感とプレッシャーの大きさを肌で感じましたね。この時はラトビアでの国際大会に参加したのですが、会場が観客でいっぱいになることがほとんどない日本と違って、ラトビアではジュニアの試合にも関わらず会場は満席。その熱気と大きな声援に驚かされるとともに、ちょっとしたカルチャーショックを受けました。

初めての代表試合ではあまり活躍できず、自分の力不足を痛感することにもなりました。海外選手との違いはもちろん、同じ代表チームの選手と比べても体力面をはじめ、テクニックなどさまざまな面でのレベルアップの必要性を感じました」と、アイスホッケーに対する考えが変わったターニングポイントがこの時だったと語る。

学生の頃は氷上での実践的な練習は大好きだったが、陸上での体力づくり練習はあまり好きではなかったといたずらっぽく笑う。「今思うと学生時代は、筋トレなどにはあまり力を入れていませんでしたね。パックをスティックでリフティングするようなテクニックを磨く練習を好んでやっていました。ただ、日本代表に選出され、国際大会を経験してテクニックだけではクリアできない体格差や当たりの違いを実感。今まで怠りがちだった筋トレを含む基礎練習の大切さ知りました。元々負けず嫌いな性格もあって、基礎体力アップのトレーニングにも時間を費やすようになりました」

それでも同世代の代表選手は社会人チームから多数スカウトをもらう中、田中選手には大学4年生になっても声が掛からなかった。この時期にスカウトがなければあきらめた方がいいと言われ、一般企業への就職活動を始めた。「同世代の選手が次々と社会人チームにスカウトされているのを横目で見ながら、そろそろ就職を真剣に考えるようになりました。4年生になってからはアイスホッケー云々より、どこかに就職しなくてはという思いの方が強く、一般学生と同じ就職活動を体験しました。ただ、そんな時に声をかけてくれたのが、"(旧)SEIBUプリンスラビッツ"でした。約2週間のトライアウト期間は、まさに死に物狂いという言葉がぴったりな状態で、アイスホッケーへの想いをより強く意識した瞬間でもありました」

アイスホッケー選手として社会人のスタートラインにたった田中選手だが、さらなる試練が待っていた。それがチーム解散というあまりにも衝撃的な出来事だった。「2008-09シーズンの途中、ある試合の終了後、突然オーナーがやってきて『来期はチームがありません』と言われたときの衝撃は相当なものでした。みんな防具やユニフォームを付けたまま唖然としていました。その後、怒りをあらわにする人、泣き出す人、いろいろありましたが選手やコーチと話し合い、チーム最後のシーズンをより良い結果を残して終わろう。という事で意識を一つにすることができました。結果、チーム解散という負のパワーをプラスに転化し、モチベーションもアップ。最終的にアジアリーグ優勝には至りませんでしたが、僕自身は同シーズンの全日本アイスホッケー選手権大会でMVPを獲得することができました。さらに、今思えばこのチーム解散という出来事が、海外移籍という新たな未来へ向けての扉を開けてくれたと思っています」