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アスリートからの伝言

アルペンスキーの魅力

聞き手 以前、アルペンスキーについて「辛くて、痛いし、寒いし、大変」と答えている インタビューを見ましたが、辛いことを続けるって、誰でも苦手だと思います。
村岡さんはどうやって乗り越えてこられているんですか?

村岡 求められている答えとは違うと思うんですけど・・・ スキーは辛いし、寒いし、痛いし、全然上手くなっているかどうかもわからないし、じゃなんでやっているかというと、楽しいからです。楽しくて、スキーが好きだからです。なぜ好きかと聞かれると、わからないんですよね~。だって、スキーって山を登って下っているだけじゃないですか(笑)
スキーって自己満足の世界だって思っています。陸上もしていましたが、陸上競技や水泳のような競技は、目標タイム、日本記録や世界記録、自己ベストみたいな、それを超えるためという指針があるんです。でも、スキーは毎回、コースやバーンが変わるので、滑り終わった時の周りとのタイム差だったり、自分の順位だったり、終わった時の自分の中の達成感でしか測ることができないんです。タイムや順位も大事ですけど、それ以上に、「さっきのあそこのターン、めっちゃ良かったな!」とか、「あそこの滑り、良い滑りしてたな!」っていうような、自己満足感や達成感の方が強いです。
あとは自己肯定感です。周りの人から「いま、すごく良かったね~!」とか、「ターン良かったね~!」とか、「良いタイム出しすぎじゃない?抜かれそうなんだけど。」とか言われると、すごくうれしいし、そういったところに楽しさを感じます。

辛い時に乗り越えていくには

聞き手 やめたいと思うことはあるんですか?

村岡 昨年の夏場ぐらいです。ちょうど全く雪の上に乗っていないときに、「ほんっとに、スキーやめる!!やめたい!!」って思った時期がありました。
私の至らなさによって行き違いが生じてしまったことが原因なんですが、そのことについて、ある人にものすごく叱咤されたんです。「そんなんじゃ、勝てないよ。」「そんな考えでやっているんだったらサポートできない。」って。他にも様々なことが重なったんですけど、それからの1ヶ月は、食欲が湧かない、眠れない、何もする気力が起きない、外に出たくない状態で、本気でスキーやめようと思っていました。
「そんなに嫌だったら、別に逃げてしまえばいいじゃない。こだわる必要ないじゃない」とも言われましたが、私の心の中では「そうなんだけど、そうなんだけど・・・」と葛藤があって、自分の心を改めていかないといけないという気持ちもありました。

それまではスキーをするのがすごく楽しいし、好きだっていう気持ちばっかりだったのに、「スキーをしたくないな。怖いな。」っという気持ちの方が大きくなっていました。
平昌パラリンピック前の夏の遠征に行った時は、嫌で仕方ありませんでした。本当に帰りたいと思っていたし、そう思っている自分も嫌でした。
でも、いざ滑り出したら、すっごくスキーが楽しくて、ただ山を下っているだけなんですけど、それが楽しくて。「スキー楽しいな!すっごい好きだな!」って思ったんです。そして、そう思えた自分に安心しました。

聞き手 今のお話を聞いていると、その時期があったからこそ、スキーを好きだという思いに 気づかれた面もあるのかなと感じました。

村岡 それはありますね。その出来事の後から、周りの人たちから「変わったね!」って言ってもらえるようになりました。ベッドに寝ているだけで気がついたら泣いているような日々で、本当に辛かったです。でも、自分の周りにはそういうときに話を聞いてくれたり、いろいろと助けてくれる方々がたくさん周りにいて乗り越えられたというのも、大きな要素だと思っています。
嫌なことって、乗り越えようと思っても乗り越えられないと思うんです。辛い時って、何を言われても「ほっといて!私は、辛いんだ!」って思いますよね(笑)だから、それを乗り越える秘訣とかって、・・・・・・無いと思います。
「がんばって!」「それをやらなきゃいけないよ。」「いいじゃん、やらなければ。」というのは、周りの人の優しさだったり、考えて言ってくれたことかもしれないけど、結局、やるのも、考えるのも、結論を出すのも、全部自分なんです。人に何を言われたとしても。自分で決めるんです。
(しばらく考えて)
乗り越えるには投げ出さずに考えることかもしれないですね。
期限が決まっていないんだったら、常にそれを考え続けるんじゃなくて、自分の好きなことをして気持ちを和らげたりして、そういう中で、嫌かもしれないけどちょっと考えてみるとか。そのことから逃げているときも、もちろん私は大切だと思うし、逃げているときは忘れているかもしれないけれど、そのとき楽しんでいても、きっと不意に自分に入り込んでくる瞬間があると思うので、そういう時って、嫌でも考えているときじゃないですか。
だからこう、続けていくには無理せず考えることかなと思います。

これから、そして4年後

聞き手 最後になりましたが、これからの目標は?

村岡 今回メダルを5つ獲れて、「これから追われる立場ですね。」と言って頂くこととが増えました。でも、今回の平昌パラリンピックで5種目あって私が一番上を獲れたのは1種目だけです。他の種目は負けと同じです。
今回は金メダルが1つだけだったんですけど、4年後は、それよりも多くの金メダルを獲って、日本に帰ってこられるよう、これから4年間、またがんばりたいと思います。

村岡 桃佳(むらおか ももか)

埼玉県出身。1997年3月3日生まれ。21歳。

4歳のときに脊髄の病気の影響で両足が不自由になり車いす生活となる。中学生の時に父親と参加した体験会をきっかけにチェアスキーを始め、中学2年生の時に本格的に競技スキーを開始、高校1年生で日本代表入り。17歳で出場したソチ大会で5位入賞。2018年の平昌パラリンピックでは、出場した種目全てでメダルを獲得し、金メダルを含む5つのメダルを獲得。また、日本選手団の旗手も務めた。