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アスリートからの伝言

褒めるには余裕が必要

聞き手 子供の頃の承認欲求の話がありましたが、子供は褒めた方が伸びるんですかね?

太田 褒めた方が良いんじゃないんですか?褒めることによるデメリットないんじゃないですか? 褒めるっていうのは、親御さんも余裕がないと褒められないんですよ。良いところを見つけるって、実は結構、能力が高くないとだめなんですよね。しかも、クリティカルなタイミングに褒めるためには子供のことをよく見てないとダメなんですよね。
子供をけなすっていう行為や叱るっていうのは、自分に余裕がない表れだと思うんです。例えば、子供を勢いで叱る時って余裕が無いんですよ。寝ている時に赤ちゃんが泣くとイラっとするのは、自分が眠くて余裕がないんですよね。
ある種、褒めて伸ばすっていう人は自分に余裕がある人じゃないですかね。
うちの親父とか、めちゃめちゃ余裕がありましたもんね。そもそも自分の価値観の中にお金っていうものがないし、出世欲も名声を上げたいっていうのも一切無くて。家族を一番に考えて、5時には家に帰って来ていましたからね。残業という感覚を僕は知らなかったです。仕事は5時に終わるものだと思っていました。夕食は、必ず家族全員で食べていて、たまに誰かが塾でいないっていうのはあれど、祖父と祖母も一緒に必ず7人でご飯食べていましたね。

聞き手 それはフェンシングの強さに関係していると思いますか?

太田 どっちかっというと、人のことを好きになりますよね。みんなで何かをやるのが好きになるし、しかも親から愛されたなっていう感覚が強いから、いま、協会の会長として選手たちに、お金を出してあげられない代わりに、めちゃめちゃ時間を使っているわけですよ。
本当だったら、僕が働いて得られていただろうお金を含めたものを放棄して、フェンシング協会の会長として無給でやっています。普通はやらないだろうって思いますよ。だって、無給で週40時間も協会に業務時間を使ってますから。
僕がなんでやっているかっていうと、みんながやらないところに突っ込んでいくことに価値があると信じてやっているんですよ。普通やらないだろうっていうところは尖りやすくなるけど、新しい世界を切り開けると思っています。

ノーという人を置く

聞き手 逆張りすると、それを悪く言う人もいるんじゃないですか?

太田 僕は気にしないです。だって、その人にとって酒のつまみでしかないでしょう。ほんとに僕のことを人生においては重要とは思ってないでしょう。それは逆もしかりで、僕にとっての彼らって、そんなに重要じゃないし。
それってなんだろうな、みんなに好かれたい人は、何かを遂行する気概が無いんですよ。僕もずっとそうでした。でも、この2年で考え方が変わったんですよ。それまでは、みんなに嫌われないように、みんなに好かれるように、周りの目を見て決断していたんですけどね。
もちろん、余計な敵を作ったり、余計なけんかはしないですけど、これだって決めて賛否がある場合も僕が決めたんで支持してくださいって言います。ちゃんとしたロジックを持って、ガバナンスは効かせないといけないので、きちんとしたプロセスを経て実行まで行きますけど。
あと、否定されても気にしないです。それは、違った意見があるっていうことを前提に話すので。同調は何も生み出さないですよ。僕の周りは、僕にノーと言う人をたくさん置いています。

聞き手 意見の違いが出た時は、どう受け止めているんですか?

太田 その瞬間は、「マジか?」って思いますけど、家に帰って寝て考えると冷静になるんで、「あれも一理あるな」って。
熱くなっている時は決断しないです。熱くなって決断する時はろくなことが無いので、だいたい一旦、一晩寝かせて「これで行きます。」って。

聞き手 非常に若くして会長になっていますが、その若さに協会側も託されたのかなとも思いますがいかがでしょう?

太田 そうかもしれないですけど、スタート時は僕の会長というのは満場一致じゃないんですよ。当然、賛否ありました。だから僕は今までに無い会長像で、自分の全てを使って発信もするし、汗もかくし、やっぱり汗をかかないとダメだなと思ったので、そこは徹底的にやりました。
汗をかいた経験が、必ず僕に生きてくる。最初の3年は、汗をかこうと思いました。特に最初の1年でしたね。汗いっぱいかいたの。でも今の2年目も変わんないです。

聞き手 お話を伺っていると、いろんな逆境を力に変えている感じがしました。私たち、日常生活をしていると逆境を力に変えられなかったり、くじけたりしますが、太田さんはどうやって力に変えているんですか?

太田 僕もくじけていますよ。心折れそうですよ。折れてますよ。折れたところから始まってますから僕の場合。だけど、絶対に諦めないですね。
僕の周りはすごい人が多いんです。すっごい経営者ばっかりで、彼らは絶対諦めないし、僕の何十倍も努力しているし、僕が最近すごいってスポーツ界で言われますけど、足元にも及ばないですよ。僕なんて5流ですよ。
だけど、5流でも賞賛されるっていうのは、スポーツ界の課題ですよね。もっともっとすごい人はいっぱいいます。彼らに少しでも近づけるように、彼らとは違う努力の仕方とか、そういう闘い方ですね。

子供たちへ向けて

Photo by:竹見脩吾

聞き手 協会の会長になって、子供たちに向けてというのはどういうことを考えていますか?

太田 家庭環境にかかわらず、教育と運動する機会っていうのは与えられるべきだと思っているんです。ただ、みんなに等しく機会を与えられる競技と、そうじゃない競技があると思うんですね。ボール一つでできる競技もあれば、道具が必要でなかなか敷居が高いものもあります。
そういったときに、必ずしも運動っていうのは、自分が体を動かすっていうだけじゃなくて、例えば、人を応援する題材のためにスポーツがあっても良いと考えています。
その一つに、僕たちが行っている学校訪問プロジェクトでは小学校を訪問してフェンシングを生で見てもらうというのをやっているんですけど、600人~700人の子供たちが、声が枯れるまで戦う選手を応援するんですね。観ることで心が豊かになるっていうのもスポーツの役割だと思うんですよ。
だから、フェンシングを始める始めないにかかわらず、フェンシングを観戦する楽しさを提供し続けたり、誰もが始めやすいようなフェンシングっていうのを開発して行くっていうことで、子供たちに機会を提供して行きたいですね。

聞き手 子供たちへのメッセージをお願いします。

太田 なかなか好きなこととか、やるべきものって見つからないと思うんですよね。だけど、「自分が興味持っているのってなんだっけ?」っていうのを考えるんじゃなくて、すぐ手と足を動かしに行く。ちょっと良いなって思ったら、向いている向いていないを考えずに、とりあえずやってみる。とりあえずやってみた中に自分の向き不向きを分別できるものが混ざっていると思うので、とりあえず、ひたすら打席に入る。ひたすら打席に入ってバットを振り続けるような機会を持って欲しいですね。
で、親御さんは、子供にどれだけ打席に立つ機会を作ってあげられるかっていうのを、やり続ける。それでしか変わらないと思うので、正解が一つじゃない世の中で、正解っていっぱいあるよねっていうことを親子で学ぶような、そういう新しい教育だったり、スポーツっていうのが出てくると面白いなと思っています。

(聞き手:三島澄恵)

太田 雄貴(おおた ゆうき)

1985年生まれ。京都府出身。

元フェンシング日本代表選手 現在、日本フェンシング協会会長、世界フェンシング連盟理事
2008年 北京オリンピック男子フルーレ個人で日本フェンシング史上初の銀メダルを獲得
2012年 ロンドンオリンピック男子フルーレ団体戦で日本史上初の団体銀メダル獲得
2016年 リオデジャネイロオリンピック出場後、現役引退を表明。