ページ内を移動するためのリンクです。

アスリートからの伝言

初めての挫折

子どもの頃からの夢だった早稲田大学には、高校ジャパン代表のエースとして鳴り物入りで入学。1年目の早慶戦から怪物ぶりを発揮し、順風満帆な日々を送っていた。ところが3年のときに公式戦で膝の靭帯を切る大怪我を負い、それまでの人生が一転する。「今でこそ自分を振り返る大きなきっかけだったと言えますが、あのときはきつかったですね。高1からずっとレギュラーとして試合に出続けてきた自分が試合に出られないなんて、考えたこともなかったですから。手術後にリハビリを1年ぐらい続けなければならなかったのですが、もう一度レギュラーに復帰してやるぞという前向きな気持ちにどうしてもなれなくて。なんで怪我なんかしたんだろうとか、そんなことばかり考えていました。」

もともと超がつくほどのポジティブ気質。それなのに、どうして?「リハビリ期間中に2軍以下の選手たちと一緒にトレーニングをしていても、なんでこんな下手なヤツらとやらなくちゃいけないんだとか、悶々としていました。挫折で鼻を折られたんです。それまで何もかもが上手く行き過ぎていたから、自信過剰でイヤな奴だったんですよ。自分でもなんであんなに調子に乗ってたんだろうと思います。」そんな日々の中に、少しずつ変化が訪れる。

「ずっと彼らとやっているうちに色々見えてくるものがありました。早稲田には約160人くらいの部員がいて、3・4年生で10軍にいたらどう頑張っても試合には出られないんです。でも彼らは練習が終わったあともずっと走っていたり、毎日ひたむきに努力をしている。それである日聞いてみたんです。なんでそんなに頑張れるの?って。そうしたら、早稲田でラグビーをするという子どもの頃からの夢が叶った今が楽しくてしかたがないと言うんです。ハッとしましたね、自分だってそうじゃないかと。それでレギュラーじゃないとか、つまらないことで前向きになれないダメな自分に気づくことができました。それがターニングポイントですね。」

そうして見事レギュラーに復活し、4年生で主将を務めたときもこの経験が支えになった。「試合に出られず苦しみながらも、懸命に努力をする仲間の存在を身近に感じることができたのは、大きな財産です。ラガーマンは熱いんですよ。試合前に控え室の電気を消して選手たちで部歌を歌うのですが、ほぼ全員泣いてます(笑)。自分たちは試合に出れない仲間たちの想いも、みんなで今まで流した汗も全部背負っているんだと。心からそう思えるようになりました。」

卒業後、数多のオファーの中から選んだ先は、当時トップリーグの日本一だった東芝府中(現・東芝ブレイブルーパス)。「自分と同じポジションのライバルたちがいる強いチームで荒波にもまれて、レギュラーを勝ち取ってやるんだという意志をもって入りました。」ところが実際には3年間1度も試合に出られなかった。「学生時代と社会人とではレベルの差は歴然でした。試合に出られなくてモチベーションが上がらず、なんとなく練習をこなすだけの毎日が続いて。当時ブームだった格闘技からの誘いもたくさんあって、安易にそっちの方が稼げるかもなんて現実から目を背けてばかりいました。怪我をしたときに学んだはずなのに、また同じことを繰り返したんですね。」

そんな状態から救ってくれたのが中学時代の友達からの一言だった。「地元の山梨に帰ることがあって同級生2人と食事をしたんです。私はあえて関係ない話ばかりをしていましたが、突然、「ラグビーはどうなんだ?やってるのか?」と核心を突かれました。触れられたくない話題だったので、普段なら「うるせえな」と流してしまったかもしれませんが、そのときは何も言えず、涙が溢れて止まらなくなったんです。「俺たちがどれだけ応援しているのかわかっているのか?何やってるんだ」という言葉が胸に刺さりましたね。」

翌日から練習の取り組みから食事改善まで、できることは何でもやった。4年目からはついにレギュラー入りを果たし、2002年には英国ロサリンパークRFCでもレギュラーとして活躍する。高2から抱き続けていたイギリスでプレイするという夢を実現したのだ。「ラグビーだけでなく自分自身が成長するうえでとても貴重な経験でした。意外にもあっさりレギュラーになれたのですが、語学力がまったくなくて。ある日、試合に負けた後のミーティングで自分の意見を伝えられずチームからの信頼を失ってしまいました。

監督から「英国でラグビーを学びたかったら、英語は最低限の準備だろう、なぜそれを怠ったのだ」と言われ、これまで英語を身につける努力をしてこなかったことを心底悔やみました。イギリスに行きたいと思っているだけでなく、そのためには何が必要なのかをちゃんと考えていれば、もっと早くからできることがあったのにと。翌日から中高生たちに混じって語学学校に通って猛勉強しましたが、ここでもまた考えることの大切さを痛感しました。」

オフシーズンにはひとりでイギリスの田舎町やヨーロッパ各国を旅して回った。自分のことを見つめ直す時間だったという。それからミュージカルにもハマっていたと、少し照れながら教えてくれた。「チケットが安いし何気なく行ってみたら、躍動感溢れる舞台にすっかり魅了されてしまって。練習後やオフの日にはよくミュージカルを観に行っていましたね。たとえば同じオペラ座の怪人でもキャストが3パターンあって、そのすべてを鑑賞したりとか(笑)。

私の場合、台詞とか歌とか間違えたらどうするんだろう?これだけの観客の前でこれを演じるまでにどのくらい練習を積んだのだろうとか、そういう視点になっちゃうんですよね。スタジアムに上がるために日々努力をするラグビーといっしょだなとか、そんな風に自分と重ねて観ていました。」やはり、どこまでもラガーマンなのだ。