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アスリートからの伝言

くよくよする暇があったら練習する

笑顔のほかに木村選手の強さを支えてきたものがもうひとつ、常に前向きであること。「悔しいときやつらいこともたくさんありますけど、一晩ぐっすり寝たらすぐに忘れるタイプなんです(笑)。くよくよ悩む暇があったら練習しようと思うので。基本的にはいいことばっかり憶えておくことにしています(笑)」そもそも練習や努力することをつらいと感じたこともないという。

「チームが勝つために、自分のポジションがいかに重要かを考えたら、できないことはできるようになるまでやるのは当たり前のこと。それを努力というのはちょっと違うのかなと思っています」ゆっくりと穏やかな口調で語りながらもトップアスリートの厳しい一面を覗かせる。

木村選手のバレー人生の原点は、小学校2年生のときに入団した地元のバレーボールクラブ秋川JVCに遡る。両親がバレーボールをしていた影響で、自然とバレーボール選手に憧れるようになった。「もともと体を動かすことが大好きな子どもでした。家の近所に400メートルトラックがあるような大きな公園があって、家族でよくそこに行ってバレーやバドミントンをして遊んでいました。当時、父にアンダーレシーブとかいろいろ教わったのですが、今考えたら全然違ってたりもするんです(笑)」

小学校4年生のときに人生で唯一2週間だけバレーを休んだ時期があった。「毎日のように学校が終わると練習に通う日々を送っていたある日、なんで私だけ普通に友達と遊べないんだろうと思って嫌になってしまったんです。それで母に辞めようかなと言ったら、自分の好きなことをやったら?、休んだっていいんじゃない?と言ってくれたので、それなら、休んでみようという感じでした(笑)」結局チームメイトたちから一緒にやろうよと誘われて、またすぐに戻ることになったが、あのとき友達からの声がなければ、そのままあっさり辞めていたという。「その当時は、バレーが好きで好きでという感じではなかったし、自分から戻りたいとかそういう気持ちはまったくなかったですね(笑)」

それでも上手になりたいという気持ちは誰よりも強かった。子どものときに練習を重ね、徹底的に体にしみこませた守備力が、今、攻守ともに優れた選手としての基礎を支えている。そして、選手としての天性の闘志もすでにこのころから備わっていた。

「今までのバレー人生を振り返っても一番悔しかった試合が、小学校6年生のときにライオンカップ予選で負けてしまったことなんです。なぜかあの試合のことが忘れられないんです。夏の一番大きな大会だったのですごく出たかったのだと思うのですが(笑)」

バレー選手として恵まれた体躯と抜群の身体能力、しっかりと身につけた基礎技術で木村沙織の名は瞬く間にバレーボール界の注目を集めていった。名門・成徳学園中学校(現 下北沢成徳中学校)に進学、高校2年のときに全日本代表入りを果たす。「代表に選ばれた時はいつもテレビで見ていた選手たちと一緒に練習できることがとにかく楽しかったです。でもどこか現実でないような不思議な感覚もありました」

緊張はしなかったのですか?とたずねてみると「ボールが動きだしたら必死にやるだけなので、緊張はすぐに消えちゃいました。それよりも高校生で全日本に参加できることなんてそんなにないじゃないですか、だからいっぱいボールに触ってやろうという気持ちで臨んでました。もしかしたら先輩のボールにも余計な手を出してたかも(笑)。それくらいこの経験を無駄にしたくない、この貴重な時間に少しでも多くのことを吸収したいと思っていました」という。

当時スーパー女子高生として脚光を浴びたことについても「普段からなんですが、周りの声はあまり聞こえないというか、何が起きているか気にしないというか、そういう感じなんです」と、筋金入りの大物なのだ。

柳本監督に招集された全日本でワールドカップやアテネオリンピックを経験できたことが、選手としての最大のターニングポイントだったと振り返る。「あの経験ができたことは大きかったですね。初めてのオリンピックでは、海外の選手たちの気迫がほかの試合とはぜんぜん違うなというのを肌で感じましたし、大山加奈さんと一緒に中国対ロシアの決勝を見に行ったんですが、中国チームが決勝まで進んで、すごいハイレベルな試合をしていることに刺激を受けました。同じアジア人として体の大きい世界の選手たちに勝てないことはないんだな、私もメダルを獲ってみたいなと思ったんです」

高校を卒業後、東レに入団。プレミアリーグで数々のタイトルを獲得し、全日本選手としても本人いわく「目の前にあるひとつひとつの目標のためにしなければいけないことをしてきた」結果、日本のエースとして絶対的な存在へと成長する。

2008年の北京オリンピックに続き、3回目のオリンピックとなったロンドンで悲願のメダルを獲得する。「オリンピックのメダルは、特別重くて大きいんです。人間欲が出るというか今度は金メダルが欲しいですね(笑)」数々の偉業を成し遂げてきた木村選手の気持ちは、どこまでも未来へと向けられているのだ。