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アスリートからの伝言

トルコに行って見えたこと

ロンドンオリンピック後に世界最高峰といわれるトルコ1部リーグに挑戦したときのこと。もともと日本が大好きで、それまで海外挑戦はまったく考えていなかった木村選手が決意したきっかけは、「海外を経験した選手たちの話を聞いていて、自分で経験してみないとわからないことがあるんだろうなと思ったことと、バレーボール人生の中で海外経験だけがなかったので、あってもいいかなと(笑)。ちょうどオリンピックが終わったタイミングでもあったので、すべてがそういう方向へ進んでいったという感じでした」

各国からのオファーがあった中でワクフバンクを選んだのは、チームからの熱いオファーとグイデッティ監督の存在が大きかった。「昔からよく試合をしてきた監督だったのでどんな監督かよくわかっていたし、彼の元でプレイしてみたいと思いました。実際に行ってみて、ひとつチャンスボールを返すにしてもあとのつなぎ方が違ったりとか、そういう細かいことをたくさん教わりとても勉強になりました」

トルコでの一番の収穫は、視野が広がったこと。「世界中のトップ選手が集る日常はそれだけで刺激的でした。圧倒的にパワーと高さが違いますし、日本のリーグでは味わえないバレーができたのですごくいい経験になりました」

トルコでは試合に出場する機会にめぐまれないことも多かった。「みんなプロ選手なので結果がすべてなんです。自分のアピールをしてポジションを獲得していかなくてはいけないということが日本とは全然違います。そういう環境の中で自分に何が必要なのかを客観的に見つめ直すことができたことも、行ってよかったなと思うことのひとつですね」

大きなハードルを軽々と飛び越えて、順風満帆なバレー人生を歩んできたかのように見える木村選手。その強さと笑顔の裏側には、嬉しいことも悔しいこともたくさんの経験を通じて得た成長があった。そして今、見据える先はリオでの金メダル。キャプテンとしての強い使命感が日本女子バレーにさらなる進化をもたらしてくれることだろう。

最後に、スポーツを頑張っている子どもたちへの応援メッセージをお願いすると「厳しい練習だったり、辛いことや、悔しいことがいろいろあって楽しいことばかりではないと思うのですが、それをすべて楽しめるくらい強い気持をもって頑張って欲しいと思います。毎日笑顔でね・・・って私がどこかで泣いてたらすみません(笑)」とニッコリ微笑んだ。

プロバレーボール選手木村 沙織(きむら・さおり)

1986年8月19日、東京都生まれ。

バレーボール全日本女子チーム主将。成徳学園高(現・下北沢成徳)2年生で全日本代表に招集され、史上最年少の17才でアテネ五輪に出場。その後北京、ロンドンと3大会連続出場を果たし、ロンドンでは28年ぶりとなる銅メダル獲得に貢献する。05年から所属した東レではプレミアリーグ優勝4回などエースとして数々の功績を残し、12年にトルコ1部リーグのワクフバンクに移籍、13年からガラタサライ・ダイキンに所属。14年東レに日本人選手初となるプロ契約で復帰。