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よりよい社会への挑戦

一皿に込められた
たくさんの想いを届けたい

― どのような思いでこのプロジェクトへの参加を決めたのでしょうか。

森彩子さん私の場合は、被災地でボランティアの方々が活動する姿をテレビで見て、自分もやってみたいと思っていたのですが、きっかけやツテがなくて、なかなか始められないままでした。そんな時、この活動を知って会社でやっている取り組みであれば、参加しやすいですし、ぜひやってみたいと思ったのが始まりです。

西澤さん正直なところ、最初はこの企画についてあまりよく知りませんでした。社内告知されていたと思うのですが記憶になくて。営業推進部への異動を機にこのプロジェクトのことを知り、何かのお役に立てるならと6回目から参加させていただいています。

東京急行電鉄株式会社 営業本部
森 彩子さん

後藤さん私は両親が岩手県出身で悲惨な状況を聞いていましたから、震災後すぐにでも現地に行けたらという気持ちが強くありました。その頃、たまたま手伝いに行った赤坂の東急グループのホテルで、このプロジェクトの第1回目の仕込みが行われることを知り、迷わず参加させていただきました。その後はザ・キャピトルホテル東急の調理場の人間として現場の取りまとめや仕込みを担当し、いわき市と陸前高田市にも行かせていただいています。

左から、ザ・キャピトルホテル東急 調理・メインキッチン 後藤 浩実さん、
株式会社東急ホテルズ 経営管理部 石井 克明さん、東京急行電鉄株式会社 営業本部 西澤 竜志さん

石井さん実際には現地に行かれる倍近くの人数のシェフが参加されていますよね。

後藤さんそうですね。このプロジェクトは通常の業務外の時間でおこなう仕込みや、活動を終えて帰ってきた後の荷卸しや洗い物など、後片付けのために残って終電ぎりぎりまで作業をしてくれる多くの仲間に支えられています。ですから私が現地に行けるときには、料理だけではなくそうしたシェフたち一人ひとりの気持ちを届けるつもりで現地に向かっています。

杉田さん私の場合は、このプロジェクトに参加するにあたり、事前に校長先生に伺いながら、子どもたちを傷つけることのないようにとても気を配りました。「震災大丈夫だった?」とか「元気だして」という言葉を不用意に使ってはいけない場合があるんです。

― 番心に残っていることはどんなことですか?

杉田さん2回目の女川の小学校で、最後に子どもたちが「学校坂道」という歌をプレゼントしてくれたのですが、「この坂道のぼったら ぼくの学校があります。ジャングルジムにのぼれば海がまっさおに見えます(作詞:西口ようこ)」という歌詞に、こらえきれずみんなで涙してしまいました。あたりはまだ瓦礫だらけでしたから。

森さん私は初めて参加した4回目の唐桑小学校で、帰りに子どもたちがずっと手を振ったり、追いかけてきてくれたりしてくれたことが忘れられません。地震や津波で傷つき、中には親を亡くした子どももいましたが、一瞬でも笑顔になってもらえてよかったなと思いました。それがとても嬉しかったことですね。

石井さん私が気仙沼の唐桑小学校を訪問したときは、流された船が学校のすぐ近くに残ったままでした。そういった環境の中でも子どもたちはすごく元気で、写真を撮ろうとするとみんながわーっと寄ってきてくれて。私たちが笑顔を届けに行くというプロジェクトですが、いつも逆に笑顔をもらって帰ってくるような気がしています。

後藤さん私も最初に訪れたいわきの磐崎小学校で、子どもたちが手作りのメダルをかけてくれて、全員と握手をかわしたことが心に残っています。最後は彼らの歌に涙しながら、来てよかったなと思いました。あとはやっぱり料理を作る者として、「おいしい」とか「おかわり」とかって言ってもらえると嬉しいですね。子どもの笑顔と言葉には、お世辞がないですから心に響きます。

ザ・キャピトルホテル東急
調理・メインキッチン 後藤 浩実さん